有機農業運動の再生

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高度成長時代の重化学工業による公害問題や国の政策による大量生産で相次いだ土壌汚染や農薬被害により、危機感を持った子育て世代の消費者が中心となって立ち上がった1970年代の有機農業運動。

現在では農薬も改善を繰り返され命の危険を即脅かすものでもなくなりスーパーで安心して買い物も出来る。

それ以前にコンビニの添加物ご飯や消毒サラダ、惨虐なプロセスで商品化されるファーストフードのお肉だって問題なく消費するのが僕らの時代。

そんな現代にアンチテーゼするように僕はライフスタイルそのものを芸術運動へと変換してみようとしている。

それが僕の農業への挑戦かもしれない。芸術が生まれるその裏にはいつもそれが生まれる時代背景がある。

そしてこの時代に僕らはどうあるべきなのか?そんなことを考えることが多くなった。

ちょうど1年前にAKiLA from Fly☆81としてFly☆81的活動を再開した僕は今もまだその延長線上にいて、僕も883も音楽活動だけに固執しないフライハイライフを日々送っている。

六ヶ所村の再処理反対や反原発を訴えたり、国や政治を変える努力も大変なものだけれど1番簡単な自分の生き方を変える努力をする人は少ない。

結局それが一番難しいからだ。

それは慣れ親しんだ場所から遠ざかることかもしれないし、快適な暮らしを手放すことかもしれないし、単純に大変だからかもしれない。

僕の中で歌は”メッセージ”であれど”行動”ではなく”言葉”でしかない。どんなに良いメッセージを発していても言ってるだけというミュージシャン像に自ら萎えてしまうからだ。

そうやってたどり着いたこの農的活動や農を纏った生き方はどの時代になろうとも普遍的な要素を持ち合わせていることを実感している。

それが何故なのか?と考えるまでもなく”食”を生み出すことは本質的な喜びであり、物質社会ではお金を稼ぐことと同等かそれ以上の価値を持っているからだ。

ただお金に変えるのが難しいという点は否めない。

話がだいぶ逸れてしまったけど、”人の力と少しの道具で生み出す手作業での農業” .

それが僕が生き方を変えてまで発信したいこの時代の有機農業運動であり、芸術活動だ。

これはあくまで新規就農者と呼ばれる僕らの話であり、国民の食料供給を担う大規模な農家さんとは別の次元の話だと思ってもらいたい。 .

それを踏まえた上で小規模農家を目指すことは、現在刻々と失われつつある自然環境やそれを憂う気持ちを取り戻すことであり、何より失われた消費者の食意識を取り戻すには、僕みたいな突然変異があちこちで起こらなければならないと思っている。

本来は農業を必要とせず、みんながそれを出来るような社会になればいいなぁと思う。そうなればあらゆる地球上の危機は回避出来るし平和は保たれるような気がするからだ。

現代を生きる消費者として危機感を持つべくは農薬でも化学肥料でもなく、”食への無関心”であり、つまりは自分自身の体を大切にするという自己愛へと繋がっていく。

何でもある便利な世の中で何を選び何を選ばないかという個々の消費活動の意識こそが現代の有機農業運動が鳴らすべき警鐘かもしれない。

とても有り難いことで2018年度の八一農園の提携メンバーが定員に達しました。

誰かが作ったものをインターネットを経て誰かが運んでくれるこの時代ですが、僕らは提携するメンバーのために種を播き、育ったお野菜は自分で取りに来る。というスタンスを提案しています。

今も昔も変わらず “顔と暮らしの見える関係”の中で循環していく古き良き有機農業の在り方で僕らは暮らしそのものを楽しんで生きたいと思っています。

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